今までのこと。3回目の妊娠。
2016年5月。私は35歳になっていた。月経予定日の1週間後に妊娠検査薬で三回目の妊娠が発覚。
三回目の妊娠ともなると、焦らない。
月経予定日の一週間後に産婦人科へ行っても、まだ赤ちゃんは見えないってことを知っている。もう妊娠初期だけは経験済みだもん。
…ということで、1週おいて産婦人科へ行った。
中待合…緊張していた。手先が冷たくなってくる。名前を呼ばれる。診察台へ上がる。お医者さんが確認している沈黙の5秒。
緊張のピークだった。
「赤ちゃん、確認できますね。おめでとうございます。今は2ミリくらいですね。」
ぐふっ!うれしくて、泣いた。鼻も出た。
「赤ちゃん、いますか。そうですか…。」
画面に映ったちっちゃい赤ちゃん見て、かわいくてドキドキした。1回目の時より、ずっとドキドキした。赤ちゃんが見えること、それだけでも、とっても奇跡的なことだって今はわかるから。鼻がひくひく痙攣するくらいドキドキした。
お医者さんからもらったエコー写真、ずっとにやにやしながら見ていた。
かわいくて、かわいくてしょうがない。私のお腹に、赤ちゃんがいる。次の検査は2週間後になった。
でも翌週。体調が一変した。水曜からうっすらと出血が始まった。わずかに生理痛のような痛みもある。でも、「1回目と2回目の妊娠の時は、最初からわずかな出血も痛みもあったんだから…」と心配し過ぎないように自分に言い聞かせていた。
そして金曜日の朝。会社で月経並みの出血。血の気が引いた。早退して病院へ。中待合で待っている間、もうすでに涙が止まらなかった。貧乏ゆすりも止まらない。名前を呼ばれ診察台へ上がる。お医者さんはずっと沈黙していた…。涙がドッと出た。
9週の稽留流産だった。赤ちゃんは大きくなっていた。今までで一番大きくなっていた。ぷっくり太ってて、とってもかわいい。
でも心拍は止まっていた。ぷっくり太ったかわいい赤ちゃんは、ひとりぼっちで死んでしまった。また、私の時間が止まる。
人はワクワクとか、ウキウキとか、そういう感情で時間が進むのかなぁ。生きているという実感が自分の時を踊るように進めてくれる。一方、失望はそういう時間を一時止める。周りの世界が急に溶け始めて、落ちていくような気がする。私はそこに宙ぶらりん。
きっとこういう気持ちを孤独というんだろう…。私のお腹の中の赤ちゃんは、私を生かしてくれていた。ワクワクさせて、ウキウキさせてくれていた。でも赤ちゃんは止まってしまった。もう動かない。
ロックンロールはずっと流れてる 10代の頃から流れてる
泣きべそかいてた時にも 眠たい授業の時にも
ロックンロールはずっと流れてる 40を越えても流れてる
胃カメラ飲み込んだ朝にも 病院の部屋で過ごした夜にも
いつだってバカみたいに10年後も20年後も ロックンロールは続いてく
どこにも たどり着かないで
ロックンロールが ある時止まった 無言でどっかへ行ってしまった
あったかい春を待たないで 心臓の音だけを残して
何か月かたったある朝 ロックンロールはまたやってきた
何も変わってないのに 心の奥まで届いてた
流産の手術をする。入院中のベッドで、フラワーカンパニーズの『ロックンロール』をつぶやいてみる。
空で歌える。
本当は今、ロックンロールが聞こえない。ロックンロールが聞こえない。
それでも、つぶやく。念仏を唱えるように。そういう歌だ。
ロックンロールはずっと続いてる
ロックンロールはずっと続いてる
ロックンロールはずっと続いてる
ロックンロールはずっと続いてく…
そして、翌日。私の身体から太っちょの赤ちゃんはいなくなった。